[ Back | Index | Next ]


癪な師匠と弟子
 灼たる

抜けるようなってのはこういう青を言うんだろうな。
まばらに配置された雲の白も絶妙だ。
人によっちゃ、洗濯日和ってことになるだろうけど、俺にとっては買い物日和だ。
なんてカッコつけてみたりして、ようは、街へ買い物に出てきただけなんだけどさ。
ちょいと間があいたもんだから、買い物しなきゃならないモノが、けっこう溜まってる。すっかり顔馴染みの人々に挨拶したり、最近のウワサを聞いたりしながら、あちらこちら回って、仕上げが何でも屋だ。
この街には小さいながらの老舗ってのが多いけど、イチバンはここだ。
時々に合わせたモノを仕入れてりゃいいって陰口たたくヤツもいるけど、売れるモノを探すってのは簡単なことじゃない。
それに、味のある商売ってのも心得てなきゃな。
例えば、師匠くらいしか買わないお徳用うめこぶ茶を入荷し続ける、とかさ。
おかげで、師匠は修行時代に出逢ってからずっと、うめこぶ茶を愛飲出来るってわけだ。
俺の買い物コースも、いつもここが最後だ。なんとなくではあるけれど、うめこぶ茶が仕上げってとこ。
人も町並みも移り行くものだけど、変わらないモノが存在するってのは悪くない。
実のところ、何でも屋が最後ってのは、楽しみを取ってあるからっていうのもあるんだけどさ。
今、街で評判の娘さんが二人いるんだけど、一人は何でも屋にいるんだ。もちろん、看板娘。
ちなみに、もう一人は上流階級にも顧客を持つ茶葉屋にいる。雰囲気からいって、こちらは看板嬢ってところ。
街の連中の中には、この二人目当てに通い詰めて家の中が茶葉だらけとか、何に使うんだか当人もわかってなさそうなガラクタの山に埋もれてるとか、そんなことになってるのがいるって、もっぱらのウワサだ。
そこまでになっちゃ行き過ぎだけど、俺だってかわいい女性ってのは歓迎だ。商売のためとはいえ、微笑みかけられれば悪い気はしないしね。
というわけで、俺は機嫌良く何でも屋の扉を開ける。
「いらっしゃいま……」
条件反射で俺に向けられたとびきりの笑顔と歓迎の言葉は、どちらも途中でかき消える。
すっかり困惑しきった看板娘に、俺は肩をすくめてみせる。
「おや、招かれざる客ですか?」
「いいえ、大事なお得意様です」
首を横に振り、きっぱりと言い切ってくれるのはありがたい限りだけど、困惑の表情は消えないままだ。
さて、花のかんばせ曇らせてる原因は何だろう?
品切れとか値上げなら、説明すればいいだけだ。今まで、無かったわけじゃない。
俺は、首を傾げる。
「では、どうしたんです?」
「その」
けっこうな間があってから、意を決したように、彼女は口を開く。
「うちでは、うめこぶ茶を取り扱わなくなりました」
さすがにコレには、俺も喉元まで出かかった声を飲み込むので精一杯だ。
師匠の好物が消えたってのはかなりマズい。代わりなんて、そうは見つからないぞ。日に日に機嫌が悪くなっていく師匠と差し向かいで過ごせと?冗談じゃない。
思考は駆け巡るが、言葉は出てこない。
無言のままで見つめる俺に堪えられなくなったのか、彼女の視線が落ちる。
「……お茶葉屋さんに、あるそうです」
この言葉で、パニックになりかかった俺の思考は一気に落ち着く。
なんだ、そういうことか。
街で自慢の娘が二人。何かっていうと比べられるんだから、多かれ少なかれ、相手を意識せざるを得ない。
張り合ってもいるだろう。
で、より強気なお茶葉屋の看板嬢は、大魔法使いご用達の名を自分の手に引き寄せようとしたってわけだ。
「おやおや亅
俺の口調で見透かされてると察したらしく、彼女は頭を下げる。
「卸値が上がり過ぎてしまって……力不足で、申し訳ありません」
「いえ、元々、師匠の為だけに入荷していただいてたようなものですから。お礼を言わせてもらわないと」
この点、嘘偽りは無い。
でも、何でも屋にうめこぶ茶が無いとなると、ちょっとばかり厄介ではあるな。
やることは決まってる。先ずはもう一軒、店に寄らなきゃいけない。それよりも、即効性が無かった時が困るんだよな。
考えていてもしょうがないので、俺は、恐縮した顔つきの彼女に笑顔を向ける。
「また、寄らせてもらいます」
「はい、お待ちしてます」
看板娘らしいとは言い難いけれど、薄い笑みが浮かぶ。ま、今日のところはこれで良しとしとかないとな。
何でも屋を後にして、向かった先は茶葉屋だ。
扉を開ける前に、ほんの小さく指を鳴らす。これくらいの細工は許されるだろう。
これでも即効性が無かった場合には、考えたくもないことになるんだからさ。
「いらっしゃいませ!」
入ったなり、今までに無い笑顔の看板嬢に迎えられる。何でも屋と好対称だ。
やっぱりな、と俺は確信する。けど、そんなことは匂わせず、いつも通りの笑顔を浮かべる。
「こんにちは」
挨拶を済ませて覗きこんだのは、ここらの家で日常的に飲まれてる類の茶葉だ。
「コレって、小袋になります?」
「はい」
看板嬢は意味あり気に新入荷のところで立ち止まってから、所狭しと並べられた茶葉の前へとやって来る。
俺はごく真剣に吟味した上で、三つほど選び出す。なんせ、師匠にうめこぶ茶の代わりに飲んでもらうことになるかもしれないお茶だから、手は抜けない。
もっとも、うめこぶ茶が無いとなると、焼け石に水ってヤツかもしれないけどね。
「コレとコレとコレ、小袋で」
「はい、すぐご用意します」
待つ間に、せっかくなので新商品を見てみる。
誇らしげに鎮座している徳用うめこぶ茶に吹き出すのを堪えながら、何気無い態で行き過ぎる。どう見たって浮いてるよ、お嬢さん。
手慣れた仕事をしながら横目でうかがっていた看板嬢は、俺が何も反応しないのに驚いたのか業を煮やしたのか、手を止めてまっすぐに顔を上げる。
何か言おうと口を開きかかったけど、それは扉を開けた人物への挨拶へと取って代わる。
「こんにちは」
「おう」
軽く手を上げて応えたのは仲買人だ。茶葉も多く扱っている。
もちろん、うめこぶ茶も。
何だか狐につままれたような顔をしてるのをへと、俺も笑顔を向ける。
「コンニチハ」
「あ、どうも」
声が聞こえて、はじめて俺の存在に気付いたって顔つきだ。
どうも、自分がこの場所に来たのが腑に落ちないらしい。だろうね。
俺は、いかにも大魔法使いの弟子らしい、神妙な顔つきを作ってやる。
「ちょうどいいところでお会いしました。教えていただきたいことがあるのですが」
微妙に気圧されたか、仲買人は一歩下がる。
「教える?俺が?」
「はい、東の方の情勢について。どうも、差し迫ったことになっているのではないかと思いましたので」
ここまで言われて、何を言おうとしているのかわからない男ではない。思い切り顔が引きつる。
「や、俺の知る限り、最近はごく穏やかですよ」
そりゃそうだろうね。だったら他からだって噂は流れてくるはずだから。
わかってて俺は、怪訝そうに首を傾げてみせる。
「そうですか?何でも屋が仕入れを諦めるほどに、うめこぶ茶の卸価格が上がっているそうですが」
ぎくり、と顔が引きつったのは、仲買人だけじゃない。視界の端に血の気の引いた看板嬢が見えている。
ほら、やっぱりな。
茶葉屋の看板嬢は、町一番の評判の為に、とんでもない仕入れ値で徳用うめこぶ茶を入れるって仲買人にけしかけたんだ。大魔法使い御用達ってのは、箔が違う、というわけ。
で、仲買人もその仕入れ値に目が眩んで、話に乗った。かくして、何でも屋にはとても仕入れられない卸値がつけられて、茶葉屋はメデタク徳用うめこぶ茶を店頭にって寸法。
どうしようもない事情で取り扱い店が変わったっていうならともかく、この手のは好かないな。しかも大魔法使いの名を利用しようとしたとあっちゃ。
そらとぼけた表情で、俺はあらぬ方を見やる。
「でもまぁ、実際に現地を見てる貴方が穏やかと仰るのなら、そうなのでしょうね。次の入荷までには卸値も落ち着いてるコトを祈りますよ」
ここで、軽く肩をすくめる。
「なんせ、うめこぶ茶がないと、師匠の機嫌がどうなるやら。まぁ、ここのお茶は美味しいので、どうにか機嫌直してくれるよう祈るばかりなんですけど」
水を打ったような、なんてのがぴったりな静けさだ。
大魔法使いに目ぇつけられたらどうなるのかなんて想像もつかないんだから当然だよな。何か得体の知れない呪いとかかけられそうな気がするもんな。
言うべきことは言ったので、俺は、看板嬢へと向き直って首を傾げる。
視線を受けて、彼女は急いでお茶葉を詰め終える。どこか表情が虚ろなのは、自分がしてのけたのがどういうことなのかわかったからだろう。
差し出す手も機械的だ。
小袋を受け取った俺は、買い物を詰め込んだ袋へと入れる。
看板嬢も仲買人も凍りついたように動かない。
俺も黙って背を向ける。
さて、本当にうめこぶ茶がきれるあたりで、もう一度買い出しに来ないとな。
ったく、手間かけさせてくれるよ。

数日後、俺はまた街へと向かう。
仲買人に会ったのは、今度は偶然だ。
まるで何事も無かったかのような涼しい顔つきで挨拶するあたり、なかなかのタヌキだよな。おっさんは付け加える。
「うめこぶ茶なら、何でも屋にありますよ」
俺が薄く笑いを浮かべたのを見て、おっさんは軽く肩をすくめて続ける。
「あの後、茶葉屋のがうめこぶ茶持って何でも屋に行きましてね、通常の卸値の半分で卸したんですよ」
「では、丸儲けですね」
俺の返しに、仲買人はもう一度肩をすくめる。
「そのうち還元しますって」
思わず笑ってしまう。もしかしたら、おっさんは最初から結果がわかって乗ったのかもしれない。
どちらにしろ、儲かることに変わりはないもんな。根っからの商売人ってところだ。
「ずっと変わらずうめこぶ茶入荷してくれれば、充分ですよ」
仲買人も、にやり、と笑う。
「そいつはもう、家訓ですから」
じゃあ、と会釈して別れを告げようとした俺へとおっさんは更に付け加える。
「そうそう、ちょいと気をつけた方がいいですよ」
何が、と訊く前に、仲買人は歩き出している。手には、珍しく商売用以外の袋を提げてることに気付いて、俺は首を傾げる。
話の関連からいって、これから向かおうとしている先に関係あるのだろうけど、さて?
何でも屋の扉を開くと、いつも通りのとびきりの笑顔の看板娘が迎えてくれる。
「いらっしゃいませ!うめこぶ茶、入りましたよ」
「助かります」
俺も、いつも通りに笑顔を返す。
手際よく会計をしながら、看板娘はかわいらしく首を傾げる。
「先日、茶葉屋さんでお買い物なさったでしょう?」
何を言い出したやら、と俺は代金を出そうと覗き込んでいた財布から顔を上げる。
「あのお茶には、そこのお菓子が合うんですよ。機会があったら、お試し下さいね」
俺は、盛大に吹き出しそうになったのをかろうじて堪える。
なるほど、仲買人のおっさんの注意はこのことか。
この間の出来事で、二人は張り合うよりも手を組む方が賢いと悟ったんだな。お茶にはお茶請け、茶器だって必要だ。
アレにはコレ、とそれぞれいろいろと対応させて、合わせて売り込む、と。
で、さすがのおっさんもつい釣り込まれて買い物したのがあの袋だったわけか。
卒の無い顔で、俺は頷いて代金を取り出す。
「そうですね、機会を見て」
師匠ほどじゃないにしろ、俺も経験値だけはあるんでね。そうそうはひっかからない。
ま、しばらくは楽しませてもらえそうだよな。
あの手この手で、俺に買い物させようっていうお嬢さん方との駆け引きでさ。


2006.01.31 The aggravating mastar and a young disciple 〜Flowers blooming in profusion〜

[ Back | Index | Next ]



□ 月光楽園 月亮 □ Copyright Yueliang All Right Reserved. □