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癪な師匠と弟子
 聞は見に

城からの使者がやってきたのは、俺が精霊との契約を済ませたばばかりもばかり、家に戻ってきたその時だった。
その頃には、そういう立場の人間相手にすべき言葉遣いとやらとか、美味しいお茶の煎れ方なんてのは叩き込まれてたんで、卒なくこなしつつ話半分に聞いてたわけだ。
新しく造っている首都の中心に位置する、大事な城建設予定地に薄暗い穴があり、妙な音がしてるとかしてないとか。
それまでのこの街は、首都ってんでそこらへんよりは大きかったけど、まぁそれなりって感じだったからさ。やっと余裕の出てきた王が、拡張を始めたところだったんだ。
で、そのメインっていうか、象徴とも言うべきなのが王城の建設だった。
いざとなったら、街の民をかくまえるくらいのを建てようってな壮大な計画を発動したところが、いきなりケチがついたわけだな。
どうせ、元の俺がいたみたいなダウンタウンの連中は頭数に入ってないのはわかってたからさ、冷めた目で見てたってのもあって、ケチがついて残念だねぇ、くらいに思っていたらば。
手にしていたカップを下ろしてから、師匠が一言行ったんだな。
「それは穏やかではないのう。これを遣わそう」
これってのは、もちろん俺のこと。
俺以上に驚いたのは使者の方だったね。大事な王城建設の成否がかかってるってのに、ガキを遣わすっていうんだからさ。
師匠ときたら見て見ぬふりが上手なもんで、しれっとした顔で付け加えたもんだ。
「子供と侮ったら、大間違いじゃぞ。わしの弟子なんじゃから」
大魔法使いが決めたんじゃ、どうにも逆らいようがないわけで、納得いかない顔ながらも使者は俺を連れて城建設予定地へと向かった。
俺の方は、どうせ修行って片付けられるのが目に見えてたから、諦めてたけどね。うっかり口ごたえでもしたら、罰掃除くらうしさ。
精霊と契約せずに使う魔法は、自然を歪ませた分の浄化もしなきゃならない。そういうわけで、公に使うってわけにはいかなかったから、それまでは練習ばかりだった。
ようするに、公式デビューってわけだ。
第一印象が大事っていう、ある意味、重大局面だな。
立場ってものはよくわかってるからさ、俺はにこやかに笑いかけつつ、
「私を派遣するというからには、たいしたことは無いんじゃないでしょうか」
なんて安心させるようなことを言ってみたりしてた。
本当のところは、俺が行くって時点で、うっかりするととてつもない面倒が待ってるってコトになりかねないんだけど、それじゃなくても不安そうな顔つきのままの使者を卒倒させちゃうのは、可哀想だもんな。
使者の方は、俺の楽観的な一言で元気が出てきたらしく、今度の城はどんなになるとか、町並みはこんなに変わるとか楽しそうに話してた。
そんなわけで、道行きは重苦しくなることもなく、くだんの場所に無事到着した。
大魔法使いのお弟子様、なんて仰々しく紹介されたもんだから、その場にいた全員が直立不動になっちゃってさ、あれは居心地悪かったな。
ついこの間までは、視界にも入らないみたいな扱いされてたもんだからさ。
大魔法使いのご威光ってのはスゴイね、なんて、どこか他人事みたいに考えてた。
使者の方としちゃ、こんなガキ連れて来てなんて思われたら、仕事してこなかったってことになりかね無いわけで、仰々しいのも仕方ないんだろうけどな。
ここできっちり片付けとかないと後が面倒臭そうだから、俺も負けず劣らず仰々しい挨拶をして、問題の穴とやらに案内してもらった。
そこから先は、俺の領分だ。
ガキと思われてようが、大魔法使いほどに頼りにはならないと思われてようが、きっぱりはっきりと侵入は断らせてもらった。
で、一人になってしまえば、こっちのもんだ。
魔法使いらしいとかなんとか、関係なくていいってことだからさ。
先ずは、入り口に軽く封印を施しといた。これで大掛かりな魔法を使うハメになっても、一応は大丈夫ってわけだ。
ついでに、こっちが何やろうと、外にも聞こえない、と。
にしても、穴に響き渡ってたのはものすごい轟音だったね。地響きするようなくらいって言えば、少しは大きさがわかるかな。
ちょいと行ったあたりで、音の発信源はわかった。
ホンモノは初めてだけど、異界とやらから来たヤツだ。肌は黒みがかった青というか緑というかで鱗のように見え、立っても地につくほどに腕は長く、爪だけでも人の指ほどあり、なんて本に書いてあった通りだ。
耳は別に尖っちゃいないとか、細かい部分は違うところもありそうだけど、間違いない。
しょっぱなから、なかなかの大物登場ってわけだ。
気性が荒いヤツなら、こっちに気付いたなり攻撃なんてのもあり得るもんな。
にしても、近付くにつれて見えてきた全身は、何か変な格好だった。うずくまってるように見えないことも無い。
この轟音が、いびきなんだとしたら、気付かれないうちに元の世界にお帰りいただくってのもありかも、でも、怪我してるとかだったら気が立っててとんでもなかったりしてな。
なんて、しょうもないことを考えながら、出来るだけ気配を消して覗いてみた。
きっちり目は開いてた。開いてたんだけど。
「おい、泣いてるんじゃないだろうな?」
思わず口走っちゃったのは不覚だったね。これだけの轟音たててるってのに、ヤツは気付いて視線を向けてきた。
同時に、轟音の高音域が止まったのは気のせいじゃなさそうだった。
「ス、スミマセン」
聞き違えたかと、耳を疑ったね。
精霊はじめ、異質なモノと会う機会は多いからさ、たいていの言葉は叩き込まれてた。当然、異界のモノたちのも。
でも、これはあり得ないだろ。
俺が、思い切り不信そうな顔つきになったんだろうな。ヤツは、まだ目尻に涙が残ったままの目を大きく見開いて、こっちを覗き込んできた。
「アノ、ナニヤラ、ゴ迷惑ヲオカケシタヨウデ」
聞き間違いじゃないとわかった時には、腰が抜けるかと思ったよ。
異界のモノってのは、こう言葉が通じるようで通じない凶暴で凶悪なのだって、どの文献見たって書いてあったのが、なんだこれは。
えらく腰が低くて気が弱そうで、しかも理由はわからないけど泣いてたって、どういうことなんだよ。
いや、でも、ひとまず会話が成り立ちそうなのはありがたいことだよな。
「迷惑と思うなら、その轟音止めてくれるとありがたいんだけど」
耳が痛くなりそうなのを、指摘してみた。
が、ヤツはまた、目尻の雫を大きくした。
「ソレガ、止マラナインデス」
「止まらない?」
あの高音域はどうやら泣き声だったらしいのは察しがついたんで、慌てて訊き返す。また、あの音まで加えられたんじゃ溜まらなかった。
ヤツは、いたく恥ずかしそうに視線を落とした。ついでに、頬がどす黒くなったのは照れたかららしい。
「ソノ、オ腹ガ、空イテ空イテ……」
なるほど、この轟音はヤツの腹の音なわけか、と納得した。
「そこらに、食い物いっぱいうじゃうじゃしてるじゃねぇか」
本当に食べたら、それはそれでシャレにならないことになるけどさ。確かヤツらは人を食うはずだ。
俺の言葉に、ヤツはそれこそ首が引きちぎれるんじゃないかってほどに横に振った。
「ソンナ!場所ヲオ借リシテイルダケデモ、申シ訳ナイノニ、食ベルダナンテ!ソレニ、動クモノヲ捕マエルノハ、得意デハナイデスシ……」
語尾がよれて、小さくなっていった。自分で言ってて、情けなくなってきたらしかった。
なんていうか、その、会話すればするほどに、抱いていた異界のモノとやらへのイメージが音を立てて崩れていくような。
「あのな、じゃ、自分とこへ帰れよ。帰れなくなったってんなら、手伝ってやるからさ。いくらでも、他の食べ物があるだろうが」
それで、一挙解決だ。
俺の言葉に、今度こそ首が吹っ飛びそうな勢いで横に振った。
「駄目デス!ソレハ絶対駄目デス!帰リタクアリマセン!」
一気に言って、地面に頭を擦り付けた。なりがでかいし、足が短いしでわかりにくいけけど、どうやら土下座してるらしかった。
「オ願イデス!ゴ迷惑ハカケマセンカラ、ココニ置イテ下サイ!何デモシマスカラ!」
あんたの存在そのものが迷惑なんだなんて言おうものなら、こいつは本気で泣きそうだ。それどころか、うっかりすると自決しかねない雰囲気すらあった。
なんせ、異界で生き抜けずにここへ逃げてきたってことだもんな。そりゃ、異界の生き物にだって個性はあるだろうけど、いきなりコレかよ。
俺は、ため息をつきたいのを堪えて尋ねた。
「そんなこと言ったって、食えるもんがなきゃどうにもならねぇだろ?何なら食えるんだよ?」
ヤツは、前向きに考えてもらえそうだってんで元気が出てきたらしい。首を傾げて、考えるように言った。
「アノ、黒イモノハ美味シカッタデス」
「黒いモノ?」
それじゃさっぱりわからん、と言い返したいのを、やっぱり堪えた。が、口調が不機嫌そうだったのがよろしくなかったらしい。
ヤツの目には、また涙が浮かんだ。
「エット、ソノ、食ベタラマズカッタデショウカ」
おどおどと言って、しょぼん、と俯いた。その図体でしょげるなっての、こっちまで陰鬱な気分になりそうだからさ。
「いや、その黒いモノとやらがなんだかわかんなきゃ、判断しよう無いっての」
「エエト、ソノ、黒インデスガ……」
説明の言葉が浮かばない無いらしく、ヤツはますます肩を落とした、と思ったら、弾かれるように顔を上げた。
「ア、コレ、コレデス!」
嬉しそうに言いながら、巨大な指で摘んでいるモノは、確かに黒い。黒いというか、おどろおどろしいモノと言った方が合ってた。
なんせ、それは、首都拡張を邪魔するためにどっかの誰かが、姑息に仕掛けてきた嫌な類の魔法だったんだからさ。
それこそ、俺の目は丸くなったね。
いや、確かに、そういうのはあってもおかしくなかったんだよな。大魔法使いがいるこの国を滅ぼして、自分らがそれなりの契約を結びたいなんて考えてる近隣諸国は、今も昔も少なくなんだから。
むしろ、無い方が不自然だったんだ。
どうやら、ちょこちょことした手出しは全部、ヤツが片付けてくれてたってことらしかった。
ってことは、やりようがあるな。
考えようによっては、俺にとっても悪くないってことに出来そうな気がしてきた。ヤツが食える量には、限りもあるだろうけども。
どうやっても生き延びられなさそうとわかってて、異界に強制送還ってのも後味悪いしな。
なんて、考えを巡らせること、しばし。
公式デビューでこの展開、ちょっと難易度高すぎやしないかとは思ったけど。
でも、ここでやってのけられないようなら、大魔法使いの弟子なんて名乗る資格も無いんだろう。
ましてや、だしさ。
俺は、頷いてみせた。
「そうだな、考えが無いことも無いけど。もう一度確認するけど、本当にいいわけ?」
最初に訊いたのは、それが俺にとって手っ取り早い解決だったからだ。でも、根本的なとこはそう簡単ではない。
「こっちで生きてくってのは、たった一人でやってくってことだっての、わかってるか?俺だって、そう暇があるわけじゃないし、この世界のほぼ全ての生き物は、化け物扱いするよ」
この世界をどう思ってるのか知らないが、仲間は絶対にいない。いたとしても、群れるのは間違いなく無理だ。
ヤツは、大きな目を見開いて、俺をじっと見つめてた。
その瞳を見て、ヤツは馬鹿じゃないな、と思った。俺が言った意味を、きちんと理解してる顔だ。
長い沈黙の後、ヤツはぽつり、と言った。
「……ソレデモ、生キ延ビルノガイイデス」
この世界に来るまでに何があったのか、なんてことは、俺には関係無い。大事なのは、ヤツが真の孤独であっても、ここで生きてくことを選んだってこと。
俺は、に、と口の端を持ち上げた。
「わかった。そういうことなら、少し待ってろよ。ついでに、その間にここら漂ってる黒いヤツ、片付けといてくれよな」
黒いのを食べてもいいとわかったのと、状況が好転しそうだってのとでヤツは耳元まで裂けた口を、にいと開いた。
口の中はちゃんと赤いのな、とか、その鋭い犬歯とか立派な臼歯とかは何のためについてんだよ、とか思わないこともなかったけど、ヤツの個性なんだと言い聞かせて喉元で飲み込んだ。
「まだ、笑うのは早いだろ」
早い遅いはともかく、人前では笑顔はやめといた方がいいな。どうみたって、食おうとしてるようにしか見えないから、なんてことを考えながら、俺は元着た道を引き返した。
で、王への目通りを頼んだって訳だ。
城にずっと住まうのはやっぱ、王の一族だろ。だとしたら、これがイチバン、確実ってね。
大魔法使いの名を出しても、その弟子ってんで、ちょっと目通りまでには時間がかかったな。でも、王の方はそうでも無かった。中流までにせよ、いざって時には城にかばおうって思えるんだから、度量はあったってことだ。
ってわけで、ヤツは新しく築城される城に住まうモノとして、ひっそりと迎えられることになった。
俺とヤツは、少しばかりの約束をした。
与えられた部屋からは出ないこと、ちょっかい出されてもやりかえさないこと、どうしようもない時には、俺が行くこと。
ヤツは、でっかい爪で器用に俺の手を取って、やったらめったら感謝した。喜んでるってのは口調と声でわかったけど、さすがにスラングまでは手が回ってなかったからさ。
喜んでもらえたのは何よりだけどね。
俺は、最後にヒトツ、付け加えた。
「あんたが生き延びなくても良くなったら、送り返してやるよ。場所をわかるようにしとけよ」
ヤツは、もって回った言葉の意味を、ちゃんと理解したらしい。
俺の手を取ったまま、大きく目を見開いた。ややしばらくしてから、何度も何度も頷いた。
確かに、ヤツは誰かを殺して食ってなんてのが出来ない、どっかの世界ではダメなのかもしれない。
でも、俺は嫌いじゃないと思ったんだ。
どんな理由があったにしろ、たった独りぼっちで、長い長い時間を生き延びる覚悟と勇気があるのだから。
だから、いつの日にか。
ヤツの正体を知ってもなお、笑いかけてくれるような王が出てくるといいと思った。
少しは、慰められるだろうから。


2006.04.18 The aggravating mastar and a young disciple 〜Seeing is believing.〜

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