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癪な師匠と弟子
 立ちの掃除

庭掃除の手を休めて、俺は空を見上げる。
風の香りだけじゃなく、雲の流れも間違いなく春の気配ってヤツだ。
確か、東洋の暦じゃ春が来たってことになってるらしいけど、現実はそうでもないはずなんだけどね、いつもなら。
まだまだ冬真っ只中で、年によったら家に閉じ込められて動けなくなるほどの雪が降っても不思議じゃないはずなんだけどってこと。
庭掃除だの街まで買い物だのなんだのある俺にとっちゃ、暖かいのはありがたいけどね。
困るのは大地を耕す人らと、この国を担ってる人間だな。こんなじゃ間違いなく、秋に得られるはずの作物が心もとなくなるに決まってる。
言うまでも無いけど、自然に手を出すってのは禁忌だ。
国中が飢えて直視に耐えぬ光景が広がり、自分たちもとんでもない山奥まで何か探しに行くハメになるとしても、勝手に手を出すことは許されない。
まぁ、長い時の間には、自然だっていろんな気まぐれ起こすのは当然のことで、イヤシクも国を治めようっていうなら、それなりに手を打っとかないとな。
大魔法使いが国にいるなら、尚更。
季節を疑いたくなるような年があれば、何もかも恵まれる時だってあるのは当然のコト。正式な依頼があれば、大魔法使いが将来の為のちょっとした蓄えを引き受けるなんてのも簡単なコト。
もちろん、普通じゃ考えられないような期間でもさ。
というわけで、正直、この国が飢えるかどうかってのは心配してない。
どちらかっていうと、気になるのは、だ。
瞼を閉ざし、耳を極限まで澄ます。
魔法使いの耳ってのは、ちょっと変わった音を聞き分けることが出来る。感じる、というのかな。
何をって、魔法の音を、さ。
聴力の程度は、というなら、そりゃ、魔法使い自身の資質そのものを現すってヤツだな。言い換えれば、今の俺は、耳栓を取ったってわけ。
四六時中、必要以上に聴こえるのはゴメンだからね。
ほんの小さな、でも、聞き逃せない雑音。
俺は、瞼を開けてから、小さな舌打ちをする。
小賢しいヤツが、いやがるな。
自然の気まぐれなら手出しは法度、言い換えれば、余計な手出しをしてるヤツはその限りではないってコト。
師匠に報告して修行にするっていうのは簡単だし、マニュアル通りでもあるけれど。
大魔法使いの弟子を名乗る者が、四角四面で融通のヒトツもきかないっていうんじゃ、名折れとしか言いようがない。
それに、今回のはストレートにやればどうにかなるってもんじゃないな。
俺は、軽く指を鳴らす。
すう、と現れたのは俺にしか見えない鏡だ。
その中には、箒を持った俺が立っている。
「はーいはい、ちょっとゴミが多すぎましてね。修行をサボるとは言いませんから、少しだけ待っていただけるよう、お願いしますよ」
いかにも俺らしく言う影に、俺は笑みを返す。
そうそう、その調子で頼むよ。
鏡は見えないけれど、そこに映った俺は、皆に見えるんだからさ。
もう一度指を鳴らすと、今度は闇の森の奥だ。
目前にたたずむ太古からの精霊たちには、珍しくいつもの緊張感のない笑みは無い。
世界中に耳目があるのと同じの精霊たちには、コトの始めから気付いていたはずなのに、ここまでダンマリでいたんだから、当然だろう。
なんせ、彼らが俺にコトを告げたとすれば、正式に精霊から依頼されたってコトになって記録に残っちまう。
それを俺が望んでないって、彼らは察して我慢し続けてくれてたってわけだ。
「悪い、随分と待たせた」
俺の詫びに、光の精霊が薄い笑みを浮かべる。
「気付いたではないか」
「うむ、今ならば間に合う」
闇の精霊も頷くのに、俺は苦笑する。
「間に合うかどうかは、相手次第だろ。相変わらず、俺に甘すぎるんじゃないの?」
語尾を上げたのは、問いだからだ。ただし、言葉通りの意味じゃあ、無い。
俺が望むままにコトを進めていいのかっていう、確認だ。
ただし、この問いは通常の精霊と魔法使いの関係なら、承知してもらうのは絶対に無理ってシロモノ。
なんせ、精霊と魔法使いの契約内容を記録無しで変則にしろってことだからさ。
これだって、はっきりと口にした時点で、何らかのカタチとなって残ってしまう。
だから、俺は口にせず尋ねてる。
ここまでダンマリでいてくれた時点で、俺はそうとうに甘やかされてる。その上、更にだなんてずうずうしいことこの上ないのはわかってる。
それでも。
ふ、と笑んだのは、光の精霊だ。
「それこそ、相手次第であろうな」
「お前次第、とも言える」
静かに、闇の精霊が付け加える。
「だが、してのけるのだろう?」
光の精霊の問いに、俺は、にやり、と笑い返してやる。そりゃあね、太古の精霊にとんでもないワガママを聞いてもらった上に見込まれたときたら、失敗は許されないだろ。
荘厳な笑みなんて表現は似合わない、いつものベタ甘い笑顔が浮かぶ。
「信じたとおりにすれば良い」
「我らは、どうあろうと力を貸そうぞ」
二人の確約をもらったのなら、それこそ後は俺次第、だ。
「頼りにしてるよ」
言うと同時に、三度、指を鳴らす。
着いた先は、今度こそ本命の場所ってヤツだ。
ひとまず主要因の方と話してるヒマは無いんでね、指を二本鳴らして、ちょっとの間大人しくしててもらうことにする。
へーえ、ちょっとは出来るってところかな。
動かないでいてくれりゃいいって程度ではあったけど、睨むだけの余力が残ってるってのは、なかなかのモノだよ。
そうじゃなきゃ、こんな愚かしい真似はしないか。
四大精霊の一人を罠にかけて捕らえる、なんてな。
自然を淀ませずに魔法を使うには、まっとうにいくなら精霊と契約するしかない。
そうじゃなけりゃ、精霊を取り込むしかない。
ある意味、最大の禁忌だけどね。言い換えりゃ、取って食うってことなわけだからさ。
でも、自分の実力以上のカを手に入れる唯一の方法でもあるものだから、手を出すバカはいないわけじゃない。
たいていのヤツは、それっくらいしないとまともな魔法は何ヒトツってくらいか、それとどっこいどっこいかってとこだから、罠を仕掛け始めた時点で気付く。
その時点で指を軽くならしてオシマイだ。
でも、今回はちょいとタチが悪い。
なんせ罠にかかったのは四大精霊で、しかも師匠と契約してる炎のときた。
最大の難点は、相手が俺に貸しを作るのなんざ、まっぴらごめんって思ってるってコト。うっかりすりゃ、消えた方がマシって本気で思ってるってあたりだね。
炎の精霊は目前に俺が来たとは、全く気付いて無い。
自分を罠にかけたヤツに食われないよう、必死でカを放ってる。おかげで、こっちは、かざした腕が火傷だらけになりそうだ。
ようするに、本来なら冷気で覆われてるはずの山で、こんなことになってるせいで、あたりが妙に春めいちまってるってワケ。
巧妙な罠のせいで、誰も炎の精霊の力だってのは気付かないって寸法。ただし、俺以外には。
おかげで、大魔法使いの弟子だとかなんとか、格好に構わなくていいってのだけがありがたいところだな。
「ひとまず、落ち着けって」
誰のかはともかく、聞き覚えのある声がしたってのはわかったらしい。
目が合っただけで発火しそうな瞳が、俺を見る。
あっちが口を開く前に、指を一本立てる。
主要因の方からは、俺の背しか見えて無い。ついでに、炎の精霊の顔も隠れてる。そういう位置に立ってるからってだけだけど。
だからって、そう時間をかけられるってワケじゃないから、俺は声を落として早口に言ってやる。
「こんなとこでくたばりたかないだろ?アンタが欠けたら、師匠が困るんだっての、忘れてないだろうな」
伝家の宝刀抜くのは最後だとかカッコつけてる場合じゃないからな。
何か言い返そうと開きかかった炎の精霊の口は、師匠の名を聞いた途端に言葉を失ったらしい。ぽかんと開いたままになる。
ゆっくりと、俺は口を動かす。
「俺なら、出来る。ただし、この場は全部預けてもらう」
最悪に気に入らない俺を、一時とはいえ信頼するかしないか。
選択権があるのは、炎の精霊だ。
口を閉じる代わりに、目をこれでもかってくらいに見開いて、俺を見つめる。
一瞬の間の後。
ほんの少しだけ、炎のは首を縦に振る。
よっしゃ、交渉成立。
「あともうちょい、耐えられるよな!」
俺は指を鳴らして炎のを捕らえてる罠を消してやりざま、主要因の方へと向き直る。
正確には、さっきまでの比じゃないけど耐えろよ、だけど、炎のには十分通じてるし、んなこと言われたかないだろうし。
何より、目前のバカに聞かせてやる必要が無い。
「てめぇがやりやがったコトは、当然、わかってんな。アイツも嫌ってほどわかってるし、俺も知ってる。というわけで、前置き省略」
言いながら、一歩ずつ大馬鹿ヤロウに近付いていく。
目前まで行ったところで、ちょいと顔を覗き込んでやる。
「ついでにゴタクも省略で中略」
一歩引いて、まっすぐに立つ。
「ちょいと急ぎたいんで、結論な」
左手で指を鳴らしてバカの戒めを解くのと同時に、右手は宙から杖を取る。他人から見れば、ガラスで出来てるように見えるのをね。
指を二本鳴らした時に結界は出来あがってるから、後は俺次第。
「ツイてなかったなぁ、俺に気付かれちゃうなんてさ」
にっと笑ってやる。
ま、俺の声は聞こえても、表情はわからないだろうけど。なんせ、視線は俺の手にしてる杖に釘付けだからさ。
この杖がどんなシロモノかわかるってあたり、師匠の地位を乗っ取ろうと企むだけの力はあるってとこだ。言い換えりゃ、その生半可な力のせいで、禁忌に手を出したってことだけど。
「コレに興味があるのか?使いこなせるなら、やるよ」
小さな放物線を描いた杖がヤツの手に収まる前に、俺は短く詠唱する。
じわり、とにじんできた何かに、ヤツはびくりと手を引くけれど、杖はその場に留まったまま。
宙に留めたのは、俺じゃない。
うっすらと浮かんできた杖を握る手は、漆黒というのも生温い。
結界の中は、みるみる闇へ飲み込まれていく。自分の指先でさえ見えない、真の闇に。
残る光は、俺が杖に宿らせといたのと、身を出来る限り縮めて、かろうじて耐えてる炎の精霊が宿すのだけになった時。
凍てつく声が、問う。
「我ヲ望ム者ハ、オ前カ」
呪文じゃない完全な古の言葉は、俺も契約以来だ。目前のバカに、きちんと聞き取れたかは疑わしいな。
杖のおぼろな光で見えた限りじゃ、ただ目を見開いてるだけらしい。
文字通り、返す言葉が無いってところかな。
にしても、本能っていうのか直感っていうのか、たいしたモノではあるね。
杖も握らないし、闇の精霊の言葉にも頷かないし。
俺は目の端の赤い光を頼りにそろそろと後ずさる。
だいたい悪くないってとこまできたあたりで、闇のが再び口を開く。
「我ヲ望マヌノナラバ、去ル」
それはむしろ、俺と背後への合図だ。
闇は一瞬でかき消え、何もかもが眩む光に包まれる。
かろうじて残る影は、俺の背にあるのだけだ。
もう、持って回った言葉なんて必要無い。
さすがに目を細める俺の視線の先で、精霊を食おうとした大バカは、目を見開いたまま薄れて消えていく。
闇の精霊が放つ漆黒の闇をたっぷりと浴びてすぐに、光の精霊の、色さえわからないほどの光をもろに浴びて耐えられるヤツなんて、滅多にいない。
この切り替えの速さできたら、大魔法使いでも危ないかもな。
俺の背後のだって、例外じゃない。
必死で、同属上位である光の精霊に力を持ってかれないよう、耐えてるのがわかる。
ゆっくりと、器用に俺の背後付近から力を収めながら、光の精霊がいつものべタ甘な笑顔で振り返る。
「コレは、なかなかに良い出来だ」
投げてよこしたのは、俺の杖だ。もろに闇と光の力にさらされたのに、ほんの小さなキズでさえついてないのを褒めてるらしい。
受け止めた俺は、に、と笑い返してやる。
「そりゃ当然」
ほんの少しでも出来が悪かったら、なんてのは考えたくも無い。
光の精霊は満面の笑みのまま頷いて、姿を消す。
完全に目前の気配が消えてから、俺は後始末を始める。
先ずは、握りつぶすように杖を消す。こんなモノ必要外に振り回す趣味は無いからさ。
次は、指をちょいと宙で回す。
指先にうっすらと絡んだモノを握りながら、背後へと振り返る。
耐えろとは言ったけど、消えずに済んだのは俺の影にいたのと、ご当人の気力の賜物ってヤツだ。視線を上げるのさえ、やっとってくらいだから、かなりギリギリではあるけどね。
俺が握ってたモノを投げると、炎の精霊の頭上で小さな火がゆらめいて消える。
力を貸されたと思ったらしくて、元々つり目なのが、更につり上がる。
そんな気力が出てきたなら、もう心配無いな。
「回収分」
俺は口の端を持ち上げて、肩をすくめてやる。
「以上終了ってな」
「待てよっ」
次に俺が何をしようとしてるのかわかったらしくて、炎の精霊は声も尖らせる。
精霊はカリは大嫌いだし、ましてや相手が俺と来たらな。ついでに、カリを無視するってのも精霊の流儀に反すると来れば、当然ってところだ。
けど、まともに俺にカリを返そうとしたら回収分で済むわけないんで、今までの我慢が水の泡ってあたりも考慮してくれると助かるんだけどね。
ま、そんなあたりに考えが回らないのがらしいっていえば、らしいか。俺にベタ甘の二人と違って、炎のに流儀に反しろっていうのも、難しいしな。
「俺にとって都合がいいようにしたってだけだって言っても納得出来ないなら、俺の望むことはコレだけだ」
俺は、表情を消した顔をぐっと近付けてやる。
「今日、ちょっと厄介な手出しをしてきたヤツに、お前は出逢った。かなりシンドイ遣り合いがあった末、お前は競り勝った。相手は力を使いすぎて消えた。俺が関わったってコトを一切忘れろ。忘れられないとしても、絶対に誰にも知られるな。種族問わず、誰にも、だ」
一気に早口に言ってやると、炎の精霊の返事を待たずに、俺は身を引く。
瞳の色見れば、拒否権は無いって理解してるのはわかるからな。誰にも、の中に含まれるのは、仲間の四大精霊たちもだし、師匠もってことを。
「今度こそ、以上終了」
きっぱりと告げて、俺はまた、一度に二本の指を鳴らす。
結界が消えて、見慣れた庭に帰ってきたって寸法。
ちょうど、聞こえてきた師匠の呼ぶ声に、俺は肩をすくめながら返す。
「はーいはい、箒片付けたら行きますよ」
鏡へと振り返ると、俺の代わりに掃除を続けてた影は、指を一本だけ立ててみせる。
いない間に呼ばれたのは一回って意味だ。ぎりぎり、師匠の機嫌が悪くならない限界ってとこだな。
俺は指を小さく鳴らして鏡を消す。
箒を片付けてると、かなり遠く、雷が鳴る音がしてるのが聴こえてくる。
急に寒気が山から吹き降ろしてきたものだから、ちょっと天気が荒れてくるところってわけだ。それはもう、俺の手出しするコトじゃない。
数日もすれば、ココにも冬が戻ってくるだろう。
春はしばしのお預けってこと。
もう少しだけ、後始末がある俺には、寒いのはありがたくはないけど、仕方ないよな。
炎の精霊も口を割ることは無いだろうし、今回も悪くない仕事っぷりではあったのは確かだ。
俺は、軽く伸びをする。
さぁて、師匠にうめこぶ茶を入れないと。


2007.03.11 The aggravating mastar and a young disciple 〜gardencleaning on setting-in of spring〜

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