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癪な師匠と弟子
 鱗にれない

どうも勘違いされているようなので、一度はっきりしといた方がいい気がしてきた。
魔法使いだって寿命はあるし、怪我だってするし、病気にだってかかる。
ただ、ちょいと寿命が人様よりも長くて、たいていの怪我はあっという間に治すことが出来て、病気の治療も得意ってだけでね。
しかも、それは頼んでくる人に対してってこともさ。
なんでって、魔法使い自身の怪我や病気は、魔法でちょいとすぐ直すのはよろしくないとされてるってわけ。
みっともないとか自己責任とかってより、他の魔法を使おうとした時に干渉する可能性があるからなんだけど。
ついでに、これはどんな魔法使いにだって同じことなんだってのを、声を大にして主張させていただきたい。
俺自身は、健康にはとても気を使ってるってことも。
何でもかんでも修行の一言で片付ける、人使いの荒い師匠がいらっしゃるんでね、休んでる暇なんてあるわけない。ついでに、具合が悪いからなんて言い訳も通用しないときてるんだからさ。
もう一度繰り返させてもらうけど、俺自身は、目いっぱい気をつけてる。
それこそ、しつこいくらいに、これでもかってくらいに。
誰だって、体調悪いのはツライだろ。
ってより、生まれのせいかもしれないけど。ダウンタウンじゃ、病気とか怪我ってのは、そのまま死に直結する致命傷だからさ。
ようするに、俺が風邪なんぞひくはめになったのは、師匠の不注意がきっかけだって、そこだけははっきりさせておきたいってことだ。
いや、そんなことは今は関係ないな。
当面の問題は、鼻が真っ赤になるどころか、ところどころが切れてたまらなくなっても、ちっともハナミズが止まらないってことと、喉が痛くて声が上手く出ないってこと。
それに加えてもうヒトツ。
俺は、師匠の部屋の扉を、思いきりノックする。
いつもだったらうるさ過ぎて無視されるところだけど、今日はいくらか不機嫌そうに顔を出す。
「何じゃ、どうした」
俺は、またたれてきたハナミズをハンカチで抑えつつ答える。
「生まれますよ」
師匠は眉を寄せたけど、ひとまず俺の咳の発作がおさまるまで待ってくれる。
「ドラゴン」
肝心なことだけ急いで言って、俺は派手に鼻をかむ。それから、急いで洗濯の魔法をかける。
まともに洗濯するようにしてたら、何枚あっても足りやしない。
ほら、もうハナミズだ。
口元を抑えっぱなしの俺を、師匠は少し困った顔で見る。
「アレか」
はいの返事の代わりに、俺は首を縦に振る。で、鼻かんで洗濯、と。
「それはいかんな」
小難しい顔で師匠は首を傾げる。
確かに、あまりのんびりしてる間は無い状況だ。
なんせ、あと少しで親無しドラゴンが生まれてくるんだからさ。
とあるドラゴン使いでもある魔法使いが卵の面倒を見てたんだけど、生まれる前に寿命がきちゃってね、信頼してた師匠に後を託したってわけ。
師匠も、俺がいるってんで、あっさりと引き受けたんだな。
これも修行と片付ける気だったんだろう。
ドラゴンの子を育てるなんて経験は、そう滅多に出来るもんでもないからさ、言われりゃやる気だったよ。ここだけの話、いろいろと調べてもいたしね。
でも、それは、こんな状況で無ければ、だ。
「俺は、ムリですよ」
がさがさで発音もはっきりしない、こんな声じゃどう頑張っても、まともにドラゴンの相手は出来たもんじゃない。
この点、師匠も異議は無いらしい。
無言のまま、頷く。
そもそも俺がこんなになったのは、ちょいとした掃除に行ったせいだ。
精霊と契約してても、時には自然を淀ませてしまうこともあってさ、そういうのが溜め込まれてる場所ってのがある。簡単に言えば、魔法ゴミ捨て場ってとこだな。
溜める一方じゃ、いつかは溢れるってんで、時々掃除するわけだ。
で、俺は奥の奥、そりゃもう長いこと手ぇつけられてなかった場所をやることになった。
ここまでは、いい。いつもの修行って言われなくてもわかってる。
ところが、師匠ときたら自分の担当分が終わったところで、俺の姿が見えないもんだから、先に終わって勝手に帰ったと勘違いした。
ゴミ捨て場に俺を残したまま、見事に閉ざしてくれたんだな。
いやさ、俺の実力買ってくれるのはありがたいけどね、確認くらいはしてくれてもいいだろ。
ま、俺も最初はタチの悪い修行だと思ったよ。緊急時の訓練ったって、予告くらいしてくれてもってさ。
けど、すぐにそうじゃないってのはわかった。
師匠ときたら、不機嫌に閉じたものだから、こんがらがったみたいなので、がんじがらめに閉めていってるんだから。
そうだな、糸が絡んだままひっぱってむすばらした結び目を、二、三個解かなきゃならないって言えば、わかるかな。
いちばん手っ取り早いのは、結び目自体をふっ飛ばすってのだけど、うっかりその先に師匠がつっ立ってたりしようものなら、直撃しちまうことになる。
ぎっくり腰にでもなられたら、それこそ大変だ。罰掃除とかなんとかより、フォローが、ね。
少し迷って、俺はとんでもなくこんがらがった魔法の結び目をゆるめて解くことにした。
いやもう、時間かかったよ。
寒いってより、凍てついてるってのが合ってるところで座り込んで、延々と結び目解きしてりゃ、さすがに俺だって風邪をひくらしい。
やっと開いて家に帰った俺は、不機嫌極まりない師匠に、詰問された。
一体、どこをほっつき歩いてたんだってね。
で、俺の返事はっていうと、盛大なくしゃみだったってわけ。
という事情なものだから、師匠も、ムリにでも行ってこい、とは言えない。
ってことは、だ。
「急いで準備しないと」
間に合わなくなりますよ、は、くしゃみで消し飛んだけど、意味は通じたらしい。
師匠は渋い顔のまま、ぼそり、と言う。
「飼育書はどこの棚かの」
そりゃ当然の質問だよな、生まれてくるドラゴンの面倒みるのは俺のはずだったんだから。
「五の棚の三の段、左から二十二番目ですよ」
たったこれだけを伝えるのに、合間に三回鼻かんで、咳は数えるのもおっくうなくらい出る。
正直、もう口を開きたくは無いんだけど、出来ることはしとかないとな。
「それより、話に聞いたことも合わせてまとめといたのがありますけど」
ハンカチ洗濯しながら言い終えると、また咳の発作に襲われてる俺に、師匠は頷く。
「それを、使わせてもらおうかの」
もちろん、俺の書いといた紙っきれだけじゃなくて、必要なモノもってこと。
家の中じゃ、無闇に魔法を使わないってルールだけど、今日のところは見逃してもらうことにして、指を鳴らす。
目の前には、あれやこれや、ドラゴンの子の面倒を見るのに必要なモノの山が出来る。飼育書に書いてあるのと、ドラゴン使いから教えてもらったのとが入り混じってて、知らずに見たらガラクタの山にしか見えないだろうな。
もちろん、咳の発作に襲われてようが、鼻をハンカチで抑えながらだろうが、メモをまぎれさすようなポカはしない。ちゃんと手元に持ってきて、師匠に渡す。
師匠は、眼鏡を鼻の上に乗せると、さっと目を通す。ちらちらと視線が上がるのは、一緒に用意したモノを確認してるからだ。
「保存の効くモノが多いんで、たいていは揃ってます。一番肝心な」
咳とハナミズの合間に少しずつってのはあまりにも効率が悪いよな。なんて考えてる間にも、またハナミズだ。
鼻を抑えた俺は、小さなビンを手にして軽く振る。
まばゆいくらいの黄金色が、ゆらり、と揺れる。
「ほう」
師匠が、珍しく感心した声を上げる。
ハチミツ自体は珍しくは無いけど、これだけの高級品には大魔法使いでも、そうそうはお目にかかれないからね。
街でウマの合ったとある店主が、魔法使いにとってハチミツは大事な道具と知って、わざわざ取り寄せてくれたってシロモノだ。
これさえあれば、ドラゴンの子も多少の手違いは許してくれるだろ。
「ふむ、どうにかなりそうじゃな」
師匠は頷くと、眼鏡をはずす。
そして、指で宙に魔法陣を描き出す。
ドラゴンの卵があるところまで、指鳴らしていくのは師匠にだって簡単なことだけど、今回はともかく荷物が多いからね。うっかり卵の上に一つ落下なんてことになったら目もあてられないんで、念のためってわけだ。
それなりに派手な魔法なのに、場を支配するのは落ち着きだってのは、スゴイよな。
ここまでの魔法を使ってる師匠はそうそうは拝めないからさ、俺は咳を出来るだけ堪えながら見つめる。
師匠の姿と魔法陣が完全に消えるのを見届けて、我慢したせいか三割増の咳とハナミズをやり過ごして。
仕事中の師匠には申し訳ないが、少しだけ休ませてもらおうと、俺は背を向ける。
けど、すぐ振り返る。
今、視界の端に何か見えた気がしたんだけど。
あんまり驚いたんで、咳も引っ込んだらしい。ついでにハナミズもさ。
だってそこには、一番肝心なハチミツが鎮座してたんだから。
そういやハチミツは別口で手に入れたから、メモのリストに入れてなかったとか、師匠もけっこう慌ててたらしいとか、そんなことを考えてるヒマなんかない。
ついでに、師匠を呼び戻してるヒマも。
というより、一刻の猶予もって言った方がいい。
俺はハチミツを手に、指を鳴らす。

で、どうなったかっていうと。
結論からいけば、俺が行って良かったってこと。
なんせ、生まれてくるドラゴンは、一匹じゃなかったんだ。ドラゴン使いにとってはどうってことないんだろうけど、初心者の俺たちは大わらわってわけ。
師匠と二人、あれやこれやとそりゃもう忙しく動き回った。
ドラゴンの巣の近くのおかげかなんか知らないけど、咳もハナミズも出なかったんで、効率よくいけたのは助かったね。
それでも、大魔法使いだろうがなんだろうが、子供の世話は大変ってのを嫌ってほど思い知らされたことには変わりないんだけどさ。
あれやこれやと親がいなくて泣く子達を落ち着かせて、安心させてやって、慣れてもらって。
後はひとまず、誰か一人いれば大丈夫ってことになったのが、何日後だったんだか、正直俺にはわからない。
なんかどっと来たんで、俺が先に引き上げさせてもらうことになったのには、ほっとしたよ。
すっかり懐いて、俺が帰るって聞いて寂しがるドラゴンの子たちを置いてくのには、ちょっと後ろ髪引かれたけどさ。
でも、やっぱり無理っぽいので、病み上がりはダメだな、なんて思いながら指を鳴らして、家まで帰ってきた。
そこまでは、覚えてる。
いや、結論を間違ったな。
病気も酷い時には、あんまり無理はしない方がいいってのを思い知らされたって方が大事かも。
ようするに、風邪はちっとも治っておらず、ドラゴンの子の世話は全部無理をしてたってことだったらしくて、見事なくらいに悪化してたってわけだ。
それも、後からわかったんだけどね。
みっともないったらこの上ないことに、俺は帰ったなりひっくり返っちまったってわけ。
師匠が帰って来るまで床と仲良くしていたものだから、当然、さらに悪くなったってオマケつきでね。
いやもう、ホント、風邪なんて引くもんじゃないよ。


2007.04.22 The aggravating mastar and a young disciple 〜Don't incur his wrath.〜

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