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癪な師匠と弟子
 夢に

師匠がなんか言ってるってのはわかる。
わかるんだけど、耳の方がさっぱりなもんで、内容が全くわからないときたもんだ。
なんでかって、そりゃ風邪こじらせて熱が出てるからとしか、言いようがないな。どのくらいとか考えるのは無理だから許してくれよ。
どうして風邪ひいたとか、こんなにこじらせたのはどうしてかとか、そういうのもね。
ホント、病気なんてするもんじゃない。
熱のせいで視界がぐらぐらするくらいなら、どうにか我慢するんだけどさ。耳がもう、どうしようもない。
いつもなら、聴こえ過ぎ防止に耳栓してるんだけどさ、魔法製なわけだ。ここまで熱があがると、保てないんだよ、さすがに。
で、どうなるかっていうと。
吐き気がするくらいの、音の洪水。しかも、大音響。
頭が割れそうに痛いのは、絶対に熱のせいだけじゃない。これだけはわかる。
まだ、師匠が何か言ってる。読唇術といきたいところだけど、視界もぐるぐる回ってて、それどころじゃない。
このままじゃ不毛なことだけは確かなんで、ちょっとふんばって、耳栓をする。
ああ、やっと静かになったよ。これで師匠の声が聞こえる。
「何かあるじゃろう、ほれ、こう、特別なものが」
「特別?」
話の前後がわからないんだから、さっぱり何が何やら。
「こういう時だけに食べられるものじゃて」
こういう時に食い物?んなの、喉通るわけないだろ。
師匠の気持ちはありがたいけど、俺は首を横に振る。
「水がありゃ、充分ですよ。申し訳ないんですが、しばらく一人にしといてもらえるとありがたいんですがね」
いや、誰がいても何処であっても眠れるけどさ、こんなんじゃいつまでお行儀良くしてられるか、俺にだって自信が無い。
あんまりみっともないとこは、人様にお見せするもんではないしな。
師匠は何だか困惑顔だけど、頷いてくれる。
「何かあったら、呼ぶんじゃぞ」
声を出すのがツラくなってきたけど、ひとまず振り絞っておく。
「はい」
師匠の足音が扉の向こう消えたところで、耳栓はおしまい。というか、ギリギリもったっていう方が正確だけど。
また響いてきた大音響に、俺はムダなのに思わず耳を手でふさぐ。
「クソったれ」
いつものとは似ても似つかない、ガサガサの声が頭に妙に反響する。一人だってのに、毒吐くのさえまともに出来ないらしい。
チクショウ、と今度は心の中で毒吐いてから、はた、とする。
強引に上半身を起こすと、やっぱりあった。
何がって、水が。
水差しをひっ掴んで、そのまま口に注ぐ。
ちょっと目測誤った分は袖口でぬぐって、俺は枕に顔をうずめる。さっきより、少しマシになったな、なんて思いながら。
喉が潤うってのは、こういう時には本当にありがたいよな。ダウンタウンじゃこうはいかない。
俺にとっちゃ、水が好きなだけ飲めるってのが何より……と、そこまで考えて、はた、とする。
ああ、そうか。
中流以上だときっと、病気の時にはなんか特別な食べ物が出てくるんだな。それがどんなんなのかなんて想像もつかないけどさ。
さっきまで耳元どころか頭全体を揺さぶっていた大音量が、ふ、と遠くなる。
師匠にもそういうのがあったんだろうけど、ダウンタウンで俺に色んなことを教えてくれた、あの姉さんにだって、きっと。
知ってたら、それっくらいはしてやれたかもしれない。思いつきもしなかった。
医者や薬どころか、まともな飯さえ用意出来なかったけど。最後の最後くらいは、どうにかなっただろう。
結局のところさ。
ちょいと人様より魔法が使えるってだけで、俺なんてちっぽけなもんなんだよな。
とかなんとか、いろんなことがぐるぐるしすぎて、もう、どうでもいい。

一瞬、俺は自分がどこにいるのか、わからくなってた。
いつの間にか寝てたってのはわかってたけど、起きたら目の前にオネエサンの顔ってのは心臓に悪い。
「あー、ええと?オ……東の大魔女殿が、どうしてココにいるんです?」
「そりゃ、風邪ひきがいるからでしょ」
にっこりと、実にキレイな笑顔だとは思うけどさ。
「答えになってないですよ」
我ながら、ヒドい声だ。咳の発作が来ないだけマシだけど。
そういや、頭の割れそうな頭痛が引いてる。体調悪化の原因のヒトツと断言していい騒音も、かなり小さい。
俺は、それなりな勢いで体を起こす。
間違いない、熱が下がってる。咳も収まってるし、ハナミズも出てこない。ってことは、少しは眠れたってことなんだろう。
それより問題は、だ。この、どう見ても東洋趣味としか言いようの無い部屋だ。つい立てやら、香炉やら、何やら、模様替えったって、大胆過ぎだろ、こりゃ。
俺の視線が何を見てるのか気付いたんだろう、オネエサンが鈴を振るような声で笑う。
「ちょっと雑音が多かったものだから、置かせてもらっちゃった」
「ああ、そういうことですか」
通りで、俺の部屋かと疑いたくなるくらいに東洋趣味になってるわけだ。オネエサンの耳障りにならない程度の道具たちだけど、俺にとってもかなりな騒音対策になってるんだな。
おかげで、これだけ静かなわけか。
納得して、俺は耳栓を作り直す。
これで、完全に騒音とはオサラバってわけだ。途端に、もっと体も軽くなってきた気がする。
俺のちょっとした手の動きを見ていたらしいオネエサンが、軽く肩をすくめる。
「モノ置かない主義なの?」
「そういうわけじゃないですけど」
正確を期すのなら、必要外のモノで何置くのか思いつかないんだけどね。
俺のがさがさの声を聞いたオネエサンは、もう一度肩をすくめる。
「はい、コレ飲んで」
妙にほこほこと湯気を上げているカップからは、鼻に通るような香りがかすかにしてる。
「ありがとうございます」
口にすると、どうやらショウガとハチミツを使った飲み物であるらしい。ひりひりとしている喉に、なんだか柔らかい。
コレは間違い無く効くな。
「悪くないでしょ?」
俺は思わず苦笑する。悪いわけないだろ。
「贅沢極まりないんで、味がわからなくなりそうですよ」
ほら、声が元通りだ。もう、喉も痛くない。
「効果絶大、やっぱりコレが手っ取り早いわねぇ」
なにやら、一人納得してオネエサンは頷いている。
最初の問いの答えは返ってきてないけれど、ここまで頭がすっきりしてくれば、俺にだってだいたいのことはわかってくる。
「師匠は匙を投げましたか」
「そういう言い方は可哀想じゃないかしらね。てんぱりすぎて何がなにやらわからないっていう方が正確だから」
にまり、とオネエサンは笑う。
「私にカリ作ったら大変なのわかってるはずなのにねぇ」
思わず眉を寄せた俺に、オネエサンはまた笑う。
「そっちはカリを返してるだけだから、と言いたいところだけど、謝らないといけないのよね」
「何です?」
「言っちゃった」
オネエサンが、俺に謝らなければならないようなことを言っちゃったって、それは何やら、けっこう問題がありそうな。
「何をです?」
「風邪引いたって、街の人に」
「げぇっ」
思わず、素で言ってしまう。
「ごめんねぇ」
オネエサンはかわいらしく首をすくめて、あっさりと言ってくださるが。それってオイ。
伝わるのは間違いなく街だけではないわけで、そもそも風邪で寝込んでる間に溜め込んでるルーチンワークが山ほどの上、俺が動けないとわかって蠢くバカ共がプラスされるのかよ。
忙しく頭を働かせ始めた俺に、オネエサンはもう一度首をすくめる。
「だってほら、私、この街では浮いちゃうのよね。不審そうに取り扱われて面倒だったから、大魔法使いのお手伝いって言ったのよ。当然、いつものはどうしたってことになるわけでしょ」
まぁ、その流れは仕方ないんだけど。そもそも、師匠がオネエサンに振ったおかげなわけだしな。
いや、そういう問題ではなくて。
思考に戻りかかった俺の前に、ずいっと何やら差し出される。
「これでも食べて、すっきりしちゃって頂戴」
出されたのは、確か東洋でいうところのおじやとかそういうのだと思う。香りがこっちの方じゃないから、オネエサンの方の流儀で呼ぶのが正しいんだろう。
確かに、あと一息だし、ここで胃に入れればぐっと良くなるだろう。でも、それ以上の絶対の自信みたいなのがありそうだ。
「ものすごい自信ですね」
「そりゃそうよ、中身はぜーんぶ、街の人のお見舞いなんだから」
スプーンを手にした俺は、視線をオネエサンへと戻す。
意味を取りかねた。
「アンタが風邪引いたって言ったらね、そりゃもう、集まる集まる。風邪は治るけど、全部いったら、今度はお腹壊すわよ。でも、断るのも悪かったから、ぜーんぶ台所に置いといたわ」
オネエサンはからからと笑う。
それでも俺には飲み込みきれずに、実に間抜けな問いをする。
「お見舞いって、俺のですか」
「ほかに誰が風邪ひいたのよ」
速攻で切り替えして、にこり、と綺麗に微笑む。
「だから、すぐに直るわよ」
俺は、なんと返していいかわからずに、テーブルに置かれた器を見つめる。
どれが誰からだなんて、考えなくてもわかる。俺の風邪が早く良くなるようにと、祈りを込めてくれれば、それはもう魔法と同じことだ。
しかも、とてつもなく強いクセに、自然を歪ませることも無い最強のヤツ。
そりゃ、治って当然だ。
「もう、帰っても大丈夫ね」
東の大魔女という立場の彼女だ。代わりに師匠がいるったって、あまり留守にするわけにいかない。
「はい、色々とありがとうございました」
頭を下げる俺に、オネエサンはひらひらと手を振る。
「悪いんだけど、運び込んじゃったもの、送り返しといてくれる?気に入ったのがあったら、とっといていいから」
殺風景な俺の部屋に、なにか潤いをという気遣いらしい。ありがとうございます、と俺はもう一度頭を下げる。
オネエサンの姿が消えるのを見届けてから、俺は手元に視線を下ろす。
東洋の方じゃ、悪夢を食う獏という動物がいるらしいけれど。
まるでこれは、病気を食う何かだななんて考えてから、俺らしくないなと苦笑する。
ひとまずオネエサンの言う通り、腹ごしらえがてら、とっとすっきりすることにしよう。
なんせ、いつも以上に忙しくなりそうだからな。
汗の染みた服を着替えて、洗濯をして掃除して。
オネエサンの仕事肩代わりして疲れただろう師匠に、うめこぶ茶を入れて。
山ほどの掃除と、買い出しと。
俺はスプーンを動かしながら、忙しく考え始める。


2007.05.22 The aggravating mastar and a young disciple 〜A tapir eats nightmare.〜

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