『 桜ノ森満開ノ下 弐拾 』



風が踊れば、薄紅の花弁が舞う。
右の掌に二枚、左の掌に一枚。
袖を翻せば、また一枚。
咲き誇る花を千切るのは惨い。
かといって、地に落ちた花弁は完全に命失ったもの。
だから、彼女は舞う。
ひらり、はらりと。
舞うたび、彼女の手には薄紅。
幾ばくかの時の後、彼女は静かに舞い終える。
そっと開いた掌には。
何枚の、花弁が。
去年は、これよりも一枚少ない花弁。
一昨年は、これよりも二枚少ない花弁。
その前には。
遡れば、最初へと辿り着く。
いつだっか、彼が差し出した一枚の花弁。
一緒に行こう。
その言葉の代わりに差し出された、ただ一枚。
あの時には、自分の想いに名があることすら知らなかった。
ただ、共にありたかった。
だから、手を差し出したのだ。
安住の地は無い。
ここも、安住の地では無い。
そう告げた彼に。
それでも、共にありたかったから。
代わりに、彼は花弁を差し出した。
そして、悟ったのだ。
本当に共にありたいのならば。
ここで、手を取り合っていてはならないと。
いつかの未来、二人で笑い合いたいならば。
それぞれに生き延びなくてはならないのだと。
彼は、刹那などではなく。
永遠を望んでくれているのだと。
それこそ、本当に彼女も望んでいるもの。
彼女は微笑み返し。
そして、一枚の花弁を手にした。
いつかの未来、また出会い。
そして、笑顔をかわして。
ずっと、共にあろう。
言葉にはしなかったけれど。
だけど、それは、なによりも確かな約束だった。
子供だった。
でも、そんなこと、想いの強さになんの関係があるだろう。
彼女の想いを奪ったのは彼一人で。
彼と、いつか共にあるために。
未来が欲しいと望んだ。
平安な時が欲しいと。
あの日から、毎年のように。
彼女は舞う。
風と共に舞う。
右手に一枚、左手に一枚。
いつかの未来の為に。
彼と離れて二回目の桜には二枚。
三回目の桜には三枚。
今年の桜には何枚目?
彼と共にあれる、平安な時を望むのならば。
近道は己の命を使うことと。
気付いたことを。
そして、行動を伴ったことを。
不幸とは思わない。
今年の桜は。
最後の桜。
少しずつ毒が回ったこの場所には。
あと少しで。
もう少しで。
滅ぼす者達が、到るだろう。
ずっと、待ち続けていた。
毒と化した彼女自身を、やっと終わることが出来る。
いや、終わらせねばならない。
彼の手に、毒は握らせられぬから。
きっと、彼は。
彼だけは。
どこが、毒なのか。
そう、笑って言ってのけ。
この手を握って、引き寄せて。
あの頃と変わらず、強く抱き締めてくれる。
知っている。
でも、それは許されない。
彼は、滅ぼす者だから。
毒を、消し去る者だから。
その名を、その中に見出した時。
歓喜が身を貫いた。
ただ、どこかで身を潜めているのではなく。
いつかの未来の為に。
彼もまた、戦っているのだと知ったから。
その手を血染めにして、彼女を望んでくれていると知ったから。
毒は、消さねばならない。
きっと、彼は。
それさえも、気付いてくれる。
彼だけは、微笑んでくれる。
彼女が何を望んでいるのか。
きっと、悟ってくれる。
この、桜の花弁が散ったことを知ったなら。


〜fin.
2005.04.10 Under the full blossom cherry trees XX

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蛇足!
彼女は貂蝉、彼は関羽。
話としては『桜ノ森満開ノ下 壱』と呼応。初心で、最初へと。
時期的には『桜ノ森満開ノ下 壱弐』の桜開花時期と呼応です。


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